手紙伝導

TEGAMI DENDOU

2026年8月
"いのち" 手紙伝導

 

宝泰寺閑栖(先住職)・藤原東演より、最近心を打たれた言葉や、皆様に伝えたい言葉を「手紙伝導」と題しましてお伝えいたします。
よろしければお読みください。


炎暑 猛暑 極暑 厳しい日が続きますね。  蝉時雨 目が覚める 気を入れる

 

 
 昔、仙崖という有名な和尚さんが街を歩いていると、突然足駄の鼻緒が切れました。丁度店先にいたおかみがそれを見て、仙崖和尚の鼻緒をすげかえてくれました。仙崖和尚は助かったと喜び、おかみは善事をしたと心あたたまる思いでした。
 翌日、店先にいたおかみは仙崖和尚がこちらにやってくるのを見かけました。おかみは仙崖和尚が昨日のことで必ずお礼をおっしゃるに違いないと考えていましたが、仙崖和尚は何も言わずに通り過ぎていきました。
おかみの心に波が立ちました。昨日のことを和尚さんは忘れてしまったのか、お礼も言わなかった。ふらちなことだ。でも和尚さんほどの人がお礼を申されないということはないだろう。おそらく自分がいたことに気づかなかったのだ、と納得しました。夕刻のお戻りの際には必ずお礼を申されるに違いないと考え、仙崖和尚の帰りを待っていると、和尚は店先にいたおかみを見つけ、「やあ」とだけ言って、帰っていかれました。結局昨日のお礼を言われなかったのです。
 おかみはこのことが気になって夜も眠れず、次第に仙崖和尚が憎くなり、罵倒せずにいられませんでした。
その後、おかみはこの話を仙崖和尚の信者である友人に話したところ、友人は仙崖和尚におかみのことを伝えてくれました。
すると仙崖和尚は、「確かにあの時困っていたから、おかみさんの親切は心からありがたいと思った。ところが人間は嫌なもので、どんな大恩を受けたことでも、お礼を言ってしまえば帳消しになったように思ってしまう。俺はそれが嫌で、おかみから受けた恩を生涯忘れないで刻みつけておきたかった。でもおかみはお礼を言えと言うのか。確かにそれは簡単だ。それならば早速行ってお礼を伝え、受けた恩を帳消しにしてまいろう」と言ったのです。


善事であっても、お礼を相手に期待し、それがない時には相手を憎み罵るようになると、善ではなくなり、善なる行為をかぶった我執があるだけです。このような善は雑毒の善と言われています。おかみと仙崖和尚のお話は、我欲に執することの恐ろしさが示されており、往死極苦の道を歩む人間の姿がよく現れています。




宝泰寺 閑栖(先住職)

藤原東演師

 臨済宗妙心寺派宝泰寺閑栖(先住職)。サールナートホール館長。 1944年に徳川家康公のお膝元・駿府城下町(静岡市)にある、「庭の美しさたるや東海一」と名高く、江戸時代には朝鮮通信使(正使=現在の大使にあたる)の休憩所に使われるなど、歴史的にも重要な役割を果たしてきた宝泰寺に生まれる。 京都大学法学部卒業後、紆余曲折を経て京都の東福寺専門道場で修行。妙心寺派布教師会会長などを歴任したほか、静岡青年会議所文化開発室長、高校英語教師をつとめたことも。 「布教」ならびに「地域住民との交流をはかるため」に建てられた、自らが館長をつとめるサールナートホールでは、併設する静岡シネ・ギャラリーでの単館系の映画上映のほか、さまざまなイベントを開催している。 「こころの絆をはぐくむ会」の代表として傾聴も実践。

(「空気は読むものではない。吐いて吸うもの」あさ出版 掲載プロフィールより抜粋)