古くからの友人であるⅯさんは、突然脳梗塞で倒れ、右半身に麻痺が残りました。
彼は若いころからカメラの趣味がありました。なんとか写したいと思っても右手が上がらないのでシャッターが切れなかったそうです。でもあるとき、カメラをさかさまにしてみたらシャッターが左下になることに気づき、自由な左手で撮影ができるようになったといいます。フィルムにもさかさまに写ることになるわけですが、これは問題ありません。
一枚の写真をものにするためにはとても時間がかかるそうですが、ついにりっぱな写真集を出版し、世に問いました。
彼はこういいます。「自分に残されている機能になにかを加えれば、いろんなことができる。人間とは素晴らしいもので、願いがあれば不思議と神経が伸びて結ばれてくる」と。そしてこうもいいます。
「せっかく障碍者になったのだから、この機会を利用したいと思う。右手が使えなくても行える能力を発揮させなければ、もったいない」と。
「せっかく」という言葉に注目してほしいと思います。世間で、「せっかく大学まで行ったんだから」とか「せっかく宝くじに当たったんだから」とかいうように、そのあとにくる言葉はふつう、何かしら価値があると思われているものです。でも彼はそんな常識を覆してしまったのです。それを無理なくいうまでの彼の歩みを想うと、胸が熱くなります。
(圓日成道 法蔵館「老いて出会うありがたさ」)
臨済宗妙心寺派宝泰寺閑栖(先住職)。サールナートホール館長。
1944年に徳川家康公のお膝元・駿府城下町(静岡市)にある、「庭の美しさたるや東海一」と名高く、江戸時代には朝鮮通信使(正使=現在の大使にあたる)の休憩所に使われるなど、歴史的にも重要な役割を果たしてきた宝泰寺に生まれる。
京都大学法学部卒業後、紆余曲折を経て京都の東福寺専門道場で修行。妙心寺派布教師会会長などを歴任したほか、静岡青年会議所文化開発室長、高校英語教師をつとめたことも。
「布教」ならびに「地域住民との交流をはかるため」に建てられた、自らが館長をつとめるサールナートホールでは、併設する静岡シネ・ギャラリーでの単館系の映画上映のほか、さまざまなイベントを開催している。
「こころの絆をはぐくむ会」の代表として傾聴も実践。
(「空気は読むものではない。吐いて吸うもの」あさ出版 掲載プロフィールより抜粋)