ここ数年、親しくさせていただいている、そのおふたりからのお手紙です。それは次男さんが誕生したというものでした。
「名前を『凛』としました。いただいた年賀状にありました。それを頂戴しました」
手紙のなかには、ほかに両親が凛くんに贈る言葉が入っていました。
「凛、お前の名前は、父さんと母さんの先生からいただいたものだ。凛として生きよとの願いを込めた名だ。……」
途中は省略しますが、最後にふたりの短い言葉が添えられていました。
「父さんの願い……背筋を伸ばして生きよ
母さんの願い……しんどかったら、曲げてもいいよ」
私は思わず笑ってしまいました。それからウーンとうなりました。
ご両親の願いは言葉ではまったく反対ですが思いはひとつ、凛くんへの深い愛であることにちがいはありません。背筋を伸ばしてシャンとできるのは、その裏に「しんどかったら、曲げてもいいよ」という言葉があってのことだと思います。でないとくたびれてしまいます。
でも、「曲げてもいいよ」といわれたら、不思議なもので、凛くんはきっと背筋を伸ばすはずです。私たちはこのふたつの言葉(愛情)で生きていくのだと思います。
長く人生を歩んでいる者にとって、仏さまの言葉は、「まぁゆっくりしておいで。そのままでいいんだよ」と聞こえてくる。
するとその人は、元気が出てきて、「よーし」と、さらに新しい歩みをはじめるのでしょうね。
(圓日成道 法蔵館「老いて出会うありがたさ」)
臨済宗妙心寺派宝泰寺閑栖(先住職)。サールナートホール館長。
1944年に徳川家康公のお膝元・駿府城下町(静岡市)にある、「庭の美しさたるや東海一」と名高く、江戸時代には朝鮮通信使(正使=現在の大使にあたる)の休憩所に使われるなど、歴史的にも重要な役割を果たしてきた宝泰寺に生まれる。
京都大学法学部卒業後、紆余曲折を経て京都の東福寺専門道場で修行。妙心寺派布教師会会長などを歴任したほか、静岡青年会議所文化開発室長、高校英語教師をつとめたことも。
「布教」ならびに「地域住民との交流をはかるため」に建てられた、自らが館長をつとめるサールナートホールでは、併設する静岡シネ・ギャラリーでの単館系の映画上映のほか、さまざまなイベントを開催している。
「こころの絆をはぐくむ会」の代表として傾聴も実践。
(「空気は読むものではない。吐いて吸うもの」あさ出版 掲載プロフィールより抜粋)